ナポレオンのオーストラリア出兵を機にスナフボックス「かぎ煙草入れ」へのオルゴールの組み込みが盛んになりました。
ナポレオン自身もスナフボックスのコレクターであったためか、戦争の勝利を祝って将校達にオルゴールの組み込まれたスナフボックスを与えたそうです。
18世紀頃より、スイスへの旅行客が増えるにつれて、ジュネーブ周辺はスイスの観光の中心地となり、シリンダーオルゴールはその頃よりスイスの代表的な土産となり沢山のスナフボックスが出回りました。
この時期の製品は櫛歯が一本一本離れた形をしていたそうです。一説によると、当時の櫛歯の材料である鋼がたいへん高価であったことが原因だとも言われています。
一体型の櫛歯を作るよりも失敗したときの損失が少なくすんだためです。
その後、スナフボックスは、大型のものが開発されるようになり、音楽を専門に楽しむ用途で使われるように変化していきました。
また、演奏曲目を増やす目的でさまざまな工夫がされたり、BOXへの装飾も追求され、どんどん高級化が進みました。
当時の生産はベースとなる機械部分は工場で作られて、それ以外の、シリンダーへの穴開け、針打ち、調整等は家内製手工業的に行われていましたが、18世紀の後半で一環体勢で生産する会社が設立されはじめました。
そのうち、パリ、ウィーン、等外国のメーカーが製造を本格化し、スイスは危機的な状況を迎えることになります。
当時、家内手工業的な生産方法を一部に残していたスイスのメーカーは、海外の優れたメーカーとの競争に勝てず、18世紀終わり頃の製品は外観ばかりの粗悪品が出回ることになりました。